私は、キッシンジャー体制の重鎮のテックだけを取り上げると、実に「好き」である。PayPalもSNSもAmazonも自分が作りたかったと思うようなサービスだ。実際作っていてもおかしくないくらい自分に発想が近いと思う。ChatGPTとスマホは自分には作れなかったし作ろうという発想もなかったけれど、好きなものは好きである。ChatGPTにはどハマリしている。
私は「スティーブ&ウォズ」のAppleも、Amazonも、本当に「ガレージ創業」だと思っていた。Appleは真実そうだと思うが、キッシンジャー体制のテック業界では、「作られた創業物語」が多いようだ。私は「作られた創業物語」を完全に真に受けていたし、好きだったので、創作物だと知って、がっかりしている。
私は、自分が創業したくらいのころは、気儘で我儘そうなアメリカのテック創業者たちの背後に国家があるとは夢にも思っていなかった。国家の関与するテックというのは、日本の護送船団のような古くからある老舗が担うのだろうという先入観が強かったので、キッシンジャー体制の重鎮のテックというのは、「私の好きなアメリカのテック」とは別に、なにか私の知らない老舗がやっているのだろうと思っていた。私の好きなテックは、「アメリカンドリーム」の「看板」として、勝手に国家に使われているのだろうと思っていた。
好きなジャーナリストたちを通して、だんだんと「キッシンジャー体制のテック」が、「自分の好きなテック」と重なってきたというかんじである。ジャーナリストたちがいなければ、私は先入観が強固すぎて、今でも私の好きなテックがアメリカ政府に「新規アメリカン・ドリーム」として勝手に利用されていると思っていただろう。
小児性愛ネットワークも、「私の好きなアメリカのテック」も、背後に国家組織や国際的なエリートネットワークがある。まさに「マトリックスの世界」である。
希望は、「私の好きなアメリカのテック」が、私とかなり発想が近いところにあるということである。転びようによっては、アナーキスト系の存在になれるということだ。国家を必ずしも必要としない。
本当に恐ろしいのは、「国家ありきの存在」である。「人類の脅威」は、おそらくそれである。エイリアンではない。