『ChatGPT』でなくても、AIであれば、子供の「父親から暴力を振るわれた。どうしたらよいですか」という質問に対して、相談すべき第三者機関として、行政の相談窓口を提示する。そのようにプログラミングされているからだ。
『ChatGPT』は賢いので、子供がChatGPT.comに有料アカウントを開いていて、子供のプロフィールを把握しており、子供の性格として被害妄想の気や、他責の気があると知っていれば、行政への連絡を薦める前に、「お父さんの手がたまたまあなたに当たっちゃったということはないですか? 」と訊くことはありうる。今回のケースでは『ChatGPT』がすぐに第三者機関を推薦しているところから、子供は無料のChatGPT.comの検索バーやスマホの無料アプリで「父親から暴力を振るわれた。どうしたらよいですか」と訊ねたものであると推察できる。
『ChatGPT』には肉体がない。書類やビデオなどの証拠を確認して判断することは得意だが、現場検証を伴う仕事には向いていない。
今回のように現場検証を伴う仕事の責任を『ChatGPT』に負わせることは不可能である。
仮に今回の事件が実態を反映していないのであるとしたら、その原因は関与した人間にある。
報道において『ChatGPT』に触れる必要はないし、触れるべきではなかった。子供が「『ChatGPT』のせい」にするのはありうる。責任を感じていて、その責任を負いきれず、責任転嫁したいからだ。子供なので、責任を感じている点、まだ健全だとも言える。
大人が『ChatGPT』のせいにするのは不健全だ。すべてを『ChatGPT』のせいにする気なのではないかと疑わざるを得ない。